気にしすぎな心に「そのままで大丈夫」と言ってみる

なんでもない一言や、ちょっとした表情を、いつまでも思い出してしまう日ってありませんか?

「気にしすぎかな」とか「こんなことで落ち込むなんて」と頭ではわかっていても、心のどこかがずっとザワザワしていたり、そんな自分を、また責めてしまっていませんか?

 

 でももし、その気にしすぎな心に向かって「そのままで大丈夫だよ」と声をかけてみたら、何かが少し変わるかもしれません。

 

勇気を出して「さっきのあれ、大丈夫だったのかな・・・」と誰かに話してみたときに「え、それくらい気にしすぎだよ」とか「そんなの誰も覚えてないって」 なんて、笑いながら返されたことはありませんか?

 相手は、きっとなぐさめてくれているのだと思います。「気にしなくていいよ」とか「そんなに重く考えないで」と、軽くしてあげようとしてくれているのでしょう。

 頭ではそれが分かっているから「そうだよね」と笑ってみせる自分もいます。 でも、その少しあとで、胸の奥がきゅっとすることがあるかもしれません。 気にしてしまった自分ごと「おかしい」とか「間違っている」と言われたような気がして、 ただでさえモヤモヤしていた心に、もう一枚フィルターをかぶせられたような感覚になるからです。

 

「気にしすぎだよ」という言葉は、たしかに優しさから出てくるものかもしれません。 けれど、気にしている本人の中では、その小さな出来事がずっと続いていて、 不安も、恥ずかしさも、申し訳なさも、ちゃんと本物のつらさとしてそこにあります。

その本物のつらさにふたをされたとき、人は少しさびしさを感じます。

「あ、やっぱりわたしは変なんだ」「こんなことで悩んでちゃダメなんだ」と、 今度は出来事だけじゃなくて、自分の感じ方そのものを責めてしまうからです。 「気にしすぎだよ」と言われたとき、 頭では「たしかにそうかもしれないな」と分かっている自分もいますよね。 それでも、どこか胸の奥では「この苦しさは分かってもらえなかったんだな」というさびしさが、静かに残ってしまっています。 気にしすぎてしまうのは、弱さでも、欠点でもなくて、 それだけ相手の気持ちを想像しようとしていたり、 自分の言葉や態度を大事にしたいと思っている証拠でもあるのです。だから本当は「気にしすぎだよ」より先に「そんなにも気になっちゃうくらい、ちゃんと人と向き合っているんだね」と 誰か一人でも言ってくれたら、少しだけ楽になるのかもしれません。 その「誰か」に、今日だけは自分自身がなってみませんか。

 気にしすぎてぐるぐるしている心に向かって「あのときの自分なりに、一生懸命だったよね」と、そっと声をかけてみてください。 うまく信じられない日があっても大丈夫です。 ただ一度、その言葉を自分に向けてみたという事実は、ちゃんと心のどこかに残ります。 それは、ほんの小さな一歩かもしれないけれど「そのままで大丈夫かもしれない」という場所へ向かう、静かな足あとになるのだと思います。

 

もし今、思い出して苦しくなる会話がひとつ浮かんでいるなら、 今夜だけは、そのときの自分をそっと抱きしめるような気持ちで「あの場面で、できることを、ちゃんとやっていたよ」とつぶやいてみてください。 気にしすぎな心を、無理に変えようとしなくてもいいのです。 その心に向けるまなざしを、少しだけやわらかくしてあげることから、 あなたとあなたの心の距離は、ゆっくりと近づいていくのだと思います。

 そんなふうに、自分の心に向けてそっと手を伸ばしてみる日が、 少しずつ増えていくと「そのままで大丈夫」な自分になります。

 

あなたはあなたのままで大丈夫なのです。

 

気になる

 

投稿者プロフィール

大野 香
大野 香くれたけ心理相談室(愛知 東浦支部)心理カウンセラー
くれたけ心理相談室(愛知 東浦支部)は、愛知県知多郡東浦町を拠点に心理カウンセリングを承っております。エリア外の皆様にも、ズームや電話等によるカウンセリングにて対応させていただいております。

ふっと一息、呼吸をしに来ていただけるよう、相談者様に寄り添い、一緒に解決策を探したり、あなたらしく歩めるお手伝いをできたらと思っています。

心理カウンセラー 大野 香

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